金沢にて海の幸と。

金沢にて海の幸と。

筆者は鹿児島出身である。そして金沢が好きだ。共通点は何があるのか?というと鹿児島つまり薩摩の地も石川つまり加賀も、共に城下町として大きな謀反もなく、島津家、前田家が統治し続けた国である。そんな平和な民が多い土地柄に共感が持てるのか?勝手に決めてみた。

金沢にて海の幸と。

金沢ブランドと言うものがあるのかわからない。近江町市場での食べ歩きが金沢の観光に貢献しているが、そこで食べる新鮮な魚介。決して珍しいものではない。ただただ筆者からすると金沢の市場で食べ歩く。それが品が良い。粋な光景に見える。また武家屋敷群、城下町も鹿児島にもあるし、小京都と言われるエリアにもたくさんある。規模も家屋も変わらないエリアがたくさんある。それでも金沢のそのエリアは凛としている。九州の人間のコンプレックスなのかもしれない。

金沢にて海の幸と。

金沢にて海の幸と。

器がいい。九谷焼も輪島塗も色気ある色づかいがたまらない。四代徳田八十吉とか息を呑む美しさだ。それこそ十四代の酒井田柿右衛門が言われてた、伝統と伝承は違うという理論を思い出す。技術・手法・意匠を単純に受け継ぎ守るのではなく、時代が求めるものへ昇華させていく。その強い意志を感じる。この点は、ものづくり大国日本がもっともっと意識していくべきことなのかもしれない。
盛り付けがいい。包丁の入れ方が違う。飾り切りのバリエーションが多い。和洋折衷いいものをより良く見せる。そこに固定概念はない。

日本酒にしても焼酎にしても、もっと固定概念を外して酒造りをしてもいいのかもしれない。喜多屋の木下社長と話すと、そのバイタリティからまだ見ぬ日本酒が誕生するのではないか?と、勝手に想像してしまう。
金沢の夜。美味しい料理、美味しいお酒、そして類まれなおもてなしが。五感を研ぎ澄ます。日本酒を嗜む。嗜む先にある、また美味しい食べ物を。お酒を。おもてなしを。それに出逢うために今宵を満足し。明日への活力にする。