握り鮨で握られる物

博多もお鮨屋さんが多い。

新進気鋭のお寿司屋さんから老舗まで。また玄界灘の豊かな土壌ですくすくと、かつ荒波に揉まれた身の締まった白身を獲れたてで、鮮度高く醤油をはじくようなお寿司を提供するお店も数多く散見される。伝統的な日本食であるお寿司。これを各地でそれぞれ、ローカライズさせて、地域に根付かせて、その地で地元のお寿司を完成させる。鹿児島の酒寿司もそうかもしれない。お寿司については、博多日本酒吟醸香にても、今後数多く取り上げることだろう。甘い醤油に負けない日本酒など。造り酒屋のこだわりもいずれ書くであろう。ちなみに下にある画像は、博多西中洲で食べられる新子である。

除菌、殺菌、そして滅菌が叫ばれる時代に。

なんとも息苦しい時代である。逆に免疫力が弱くなっていってしまうのではないか?流行病、それこそパンデミックのような事態が起きたとき、此処まで衛生面を徹底された背景で育っている若者に生き延びる術はあるのだろうか?と懐疑的になるが、まあ徹底したくなる側の気持ちも分かる。話を戻す。

そんな中、知らないおじさん(多くはおじさん)が握る鮨を食うという文化は、今なお語り継がれている。何ら不満はない。ただ先にも述べた時代背景と、鮨屋の大将が握る素手のみにフォーカスを当てると、ある意味非常に滑稽であるというと失礼だが、愉快ではある、確実に。だからといって、鮨屋のおじさんを否定するつもりはない。その姿に尊敬の念をいただく日々だ。そして、その方々は非常にデリケートな「ナマモノ」を洗練された技巧を用いて、極めて芸術的作品として、安心安全である以上の美食として提供しているのである。頭が下がる。寿司職人の弛まぬ努力と日々研鑽を積む技術。そして精進し続ける料理道こそが、職人の付加価値として、握られた一貫なのである。味わって食べるべきものである。

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Japanese Soul Foods

手から手へ。決して伝えてはならない温度。だけど感じるぬくもり。これこそがJapanese Soul Foodsの最先端、鮨の魅力なのかもしれない。お店の看板で店を選ぶ。大いに結構。ただ握る人も見て欲しい。機械じゃ伝わらないそこに寿司職人が立つ理由は、その立ち居振る舞い一挙手一投足にある。

今回の撮影は西中洲のお鮨屋さんにご協力いただきました。末筆にはなりますが、ご協力ありがとうございました。

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