八女茶 このみ園

八女福島の白壁の町並みの中にある九州最古の茶商、「このみ園」こと「許斐(このみ)本家」

八女福島の白壁の町並みの中に、お茶屋さんがある。「このみ園」こと「許斐(このみ)本家」は、九州最古の茶商で、「八女茶」の名づけ親だという。

なによりも、その町家の佇まいに目を奪われる。中に入るとお茶の香りが漂い、思いのほか奥行きがある。江戸時代後期、嘉永~安政年間(1848~1860)から昭和6年までに建てられた主屋2棟、離れ座敷1棟、土蔵3棟、製茶作業場1棟の合計7棟の町家(八女市文化財に指定)が佇んでいる。

店に入って左手には、「八女ぼんぼりまつり」開催中とあって、「箱びな」が飾られていた。この「箱びな」が飾られている部屋は「楷室(かいしつ)」といって、茶農家の人たちの粗茶(あらちゃ)を見ながら話し合い、質や販売の指導をしていた部屋とのこと。

「正面から見て、お店の入り口の左手に目隠しするように黒い板が取りつけられているのですが、これは『日除(ひよ)け』といって、曇りでも晴れでもお茶の葉を均一に見るため、直射日光が入らないようにつけられたものです。昔は、この『日除(ひよ)け』がお茶問屋の看板のようなもので。「楷室」は、茶の審査場としての役割も担っていて、外国にお茶を輸出しているような産地では、必ずありました。明治~昭和初期にかけてはお茶の生産にようやく機械が入り始めたばかりで、茶の生産量は現在よりもとても少なく、当時はここが九州で一番大きい茶問屋だったんですよ」と話をしてくださったのは、「許斐(このみ)本家」14代の許斐健一さんだ。

八女では幕末からお茶を輸出するようになり、お茶を米のように年貢として当てることができ、次第にお茶が久留米藩の経済を支えるほどに

「うちは歴史が古く、300年ぐらい前は山産物商を営んでいて、お茶に特化した問屋になったのは150年ほど前。

もともとお茶は、平地でなく山での栽培でした。またお茶は嗜好品であり高級品で、一部の富裕層が飲んでいたものでした。幕末からお茶が輸出されるようになり、久留米藩がお茶を奨励して、お茶を米のように年貢として当てることができるようになりました。そこで、米ではなくお茶をつくる農家が増え、久留米藩はお茶が発展し、次第に筑後茶(八女茶の前身)が久留米藩の経済を支えていくほどになりました。

お茶は、このあたりで消費されずに遠くに送る嗜好品。長崎のグラバーなどが買い付けて、外国商人に買ってもらっていました。当初は薩摩藩士など仲買が入っていましたが、直接買い付けてもらえるように開拓をしたようです。しかし、明治中期にアメリカで粗悪茶輸入禁止令が発布され、品質に関係なく輸出を止めた為、その時に八女福島のほとんどの茶問屋が辞めていき、今、古い町並みに残るのはうちだけです」。

八女茶は高級茶として知られているが、八女地方は寒暖の差が大きくよく霧が発生することでみずみずしいお茶に

「八女茶は、日本の中で一番高級なお茶として知られています。特に『玉露』の質の高さには定評があります。玉露は、気候状況が左右するので栽培できるのは一部地域のみ。八女地方は寒暖の差が大きく、よく霧が発生します。特に川沿いの茶畑は川霧が発生するので、みずみずしいお茶になるのです」と許斐さん。

製茶作業場の手前に、釜がある。八女では、もともと釜炒り茶をつくっていたそうだ。

「当初は釜炒り茶を輸出していました。釜炒り茶のことを筑後茶と呼んでいて。当家の先祖が、青製(蒸製緑茶)から「八女茶」と呼ぶよう提案したのです。だから、八女茶の名付け親として今でも名乗っています。もともとは庄屋で、その資本を元に茶の農協のような役割をして農家さんを束ねて品質をあげる努力をしていました。しかし、次第に、イギリスのプランテーションの影響で紅茶が増えていくと、日本のお茶が淘汰されていきました。当時、日本の釜炒り茶は、天日干ししただけのものを混ぜたり、色を付けたり。釜炒りが焦げていたりと粗悪品が多く、アメリカなどは輸入を禁止したほどです。その影響で、明治30数年ごろになると、ほとんどの八女のお茶屋さんは潰れてしまったのです」。

八女ならではの昔ながらの製法が、土壁でできた焙炉台の下に炭火を焚き、八女の手すき和紙が貼られた助炭上で茶葉を炒る「焙炉式焙煎法(ほいろしきばいせんほう)」

八女で唯一残り、八女茶の魅力と文化を伝え続ける「許斐(このみ)本家」。八女ならではの昔ながらの製法も残している。それが、「焙炉式焙煎法(ほいろしきばいせん)」だ。土壁でできた焙炉台の下に炭火を焚き、八女の手すき和紙が貼られた助炭上で茶葉を炒る焙煎法だ。1度辞めた焙煎法だが、20年ほど前に復活させたという。

「蒸製緑茶は江戸中期に宇治で発祥した製法です。セイロでお茶の葉を蒸し、炭火を焚いた上に八女の和紙が貼られた台で乾燥させます。和紙だと、お茶が焦げません。青く緑色で、風味が青くて爽やかな香りがするお茶のことを、江戸時代、『青製』と呼んでいました。

『焙炉式焙煎法(ほいろしきばいせん)』は、その製法を応用し、お茶の仕上時に香味をさらに豊かにするために行います。玉露など一部のお茶で今もやっています。煎茶の渋い茶葉をやるともっと渋みが出るので、旨味のあるお茶を。環境に左右されるやり方なので、気温とか湿度で、3時間かかることもあるし、1時間半ぐらいで完成することもあります。

機械だと、どうしてもまわりや外側にしか火が入らないので酸化しやすくなるのですが、炭火だと、遠赤外線で中にまで火が入るので、風味が違ってきます。和紙の香りもつき、昔の芳しい感じのお茶に仕上がります。八女は和紙の産地だからこそできた製法といえます。八女では、6軒の手すき和紙屋さんがまだ残っています。八女は、和紙がなければお茶の産地にならなかったといえるぐらいに、和紙が重要な役割を果たしていました」。

お茶と和菓子をいただきながら贅沢な時間を過ごせる完全予約制喫茶室

これだけ手塩にかけられたお茶。せっかくならば、この趣ある空間でいただきたい。「予約制喫茶室」では、玉露、煎茶、抹茶の3種類から1種類が選べ、和菓子とともにいただくことができる。お茶もさることながら、空間そのものがすてきで心落ち着く。

また、お土産には、煎茶、白折、玉露をはじめ、八女抹茶をふんだんに使ったチョコレートやキャラメルなどもあるので、じっくりと選びたい。

3月23日(金)~25日(日)まで、八女市文化財指定一周年記念イベント「桜小町 サクラコマチ」が開催される。お煎茶、お抹茶、日本画、こぎん刺し、つまみ細工、小鹿田焼、博多曲物、アジア民芸布、木製カトラリー、手作り洋菓子の展示販売など、町家建築とともに楽しみたい。詳細は、こちらへ

 

施設名
許斐本家 このみ園
住所
福岡県八女市本町126
電話
0943-24-2020
URL
http://www.konomien.jp/
営業時間
9:00~18:00
定休日
不定休