八女津媛神社にて。

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此処は矢部村。此の地に八女津媛神社あり。

八女の八女たる由縁。一人の女神に逢いに、八女津媛神社を目指した。喜多屋さんと出逢い、1年近く。この八女にもご縁を感じることも多々あり、せっかくなんでと思い、行ってみようかと。日曜のお昼は、手打ちうどん しげ。お腹も満たされ、いざ、八女津媛神社へ。そこでナビをセットすると、なんと八女から1時間。そんなにも遠いところだったとは。でも、せっかくなんで。足を運んだ。

黒木町を越え、日向神ダムを超え、矢部村へ。その日、八女は35度以上の酷暑。矢部村は若干涼しい。ただ若干。そんな道程を経て、いざ、八女津媛神社。

見上げる先にまっすぐと伸びるご神木が。

緑豊かな此の地に。八女津媛神社は、その潤い豊かな自然と同化し、社を構えていた。その立地的にも、さほどの観光客が訪れないのかもしれない。が、昨今の御朱印ブームによるものなのか?分からないが、神道の祭祀施設としての神社らしさ。鎮守の杜要素を強く感じ、凛とした空間は、夏の暑さを忘れさせた。

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日本書紀に記される「この地方に女神あり、その名を八女津媛といい、常に山中にある」

八女っていう地名の由来は何なのか?ふと考え始め、8人の茶摘みの女性が?とか勝手に憶測をしていたところ、この事実を知った。それから邪馬台国卑弥呼なのでは?などなど。興味深い話を聞き、この日を迎えるに至った。過去にも未来にも浪漫があることはいいことだ。事実と伝承された話に違いがあってもいい。記憶は真実より価値がある。そう想う。自身の過去も思い出補正が入り、美化される。夢や浪漫がある話は、強烈に記憶として残り、言い伝えれば、伝承されるのである。卑弥呼かどうか?は、さておき、此の八女津媛が八女の地名となり、そして1300年を超える期間、祀られているのは事実であり、愛されているのである。

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八女津媛神社が見てきた1300年。

1300年。長い。矢部川という恵みの水も、1300年の過程で大きく変わった。人間の欲が、科学の進化が、矢部川をはじめとする大地の恵みを脅かすことも多かったであろう。それを見続け、見守り、そしてその自然を守る人々が増えてきた。過去も未来も歴史は繰り返すのかも知れないが、やはり自然と共生する価値に原点回帰する。

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媛しずくで潤す夏

神の屈から落ちゆくしずくは、媛しずく。媛しずくで夏の暑さを潤す。この自然。そして、此の社を千年先の未来まで、残してゆくことが、我々の使命であり、描く未来にロマンを感じる。

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