愛をください。

八女,酒屋,繁桝,神力,玉水,藤娘

天寿を全うし鶴となる。

祖母がなくなった。天寿を全うしたといえるだろう。恵まれた人生を歩んだと勝手に思いたい。戦争を経験して、疎開して鹿児島県出水市に移り住み、70年という月日が流れた。娘3人に恵まれ、それぞれに子供ができ、孫がよく集る家だった。鹿児島という土地柄、盆と正月は賑やかし夜が続く。筆者もかつてはサービス業をしており、盆と正月が明けて里帰りすることが続いた。親戚の集いは終焉を迎え、宴のあとである。にも関わらず筆者1人のために、その都度、ハレの日の手料理を用意してもらった。そして1人と祖父母しかいない空間。ゆっくりとした時は流れ近況報告をし、静かな夜は早い就寝となり、翌朝を迎える。あおさの味噌汁に甘い卵焼きに炊きたての御飯。改めて振り返ると幸せである。極上な時間である。ちなみに鹿児島県出水市。唯一の自慢は鶴の渡来地。そう祖母は晴れて鶴となり飛び立った。
 

八女,酒屋,繁桝,神力,玉水,藤娘

痴呆ということば。

母は三姉妹である。幸いにも、なくなる前々日。出水に行く時間が出来た。そこには母とその妹二人。祖母の痴呆がはじまり10年は経過したであろう。その10年間。決して楽しい時間ではなかったであろう。この三姉妹。最後の最後まで、祖母、その三人からすると母。娘はその病床に横たわる母とじゃれ合っていた。荒い呼吸の中、残り少ない時間を愛おしく思えばこその、名残惜しい時間を3人が3人共、悲壮感以上に楽しんでいたように見えた。筆者にとってのこの10年間、そこにいたのは祖母であったのだろうか?愛をもって接していたのであろうか?疑念しかない。

八女,酒屋,繁桝,神力,玉水,藤娘

其日。此処は都城BAR Aria。

第一報は都城BAR Ariaにて聞いた。覚悟はできていた。だから込み上げるものはなかった。比較的冷静であった。祖父がなくなり祖母がなくなった。その二人共、最後の最後まで生への執着心を感じた。生きるということは死なないことなのである。その二人の死に様に、生き抜く力を分け与えてもらった気がする。早くに死んではならない。強くそう思う。
 

八女,酒屋,繁桝,神力,玉水,藤娘

生きているうちにできたことは多々ある。

でもやらなかった。また仮に時計の針を逆に進ませることができたとしても、その悔いを踏まえても、私はやらないであろう。そういうものなのだと割り切る。だからこそ前を向いて生きざまを見せつけねばならない。眠りし人々に、そして死にゆく人々に。未来が明るいとは思わない。平坦な道のりが続くとも思わない。どんなに無理をしても、どんなに無茶をしても、背中を見ている先代達に失望させぬためにも、その歩みを止めてはならないのだ。強く力強く。足を踏み出し続けるのである。

。。。

そうだからこそ。だからもう1度、自分自身が死ぬ直前でもいい。その愛。もう1度。ください。