東京は雪。霧島はその名の通り霧で霞む朝。
2016年11月24日。東京で50何年ぶりに雪が降った。ということで、寒い時期に飲む日本酒について文章を考えてみた。その日、霧島の温泉街に泊まっていた筆者はえらく寒い朝を迎えた。前日のまだ新しい記憶であるおでんと日本酒の燗で賑やかしい夜とは、大きく異なり底冷えの朝だった。地球温暖化という言葉に騙され、また先日まで台湾にいたということもあり、極めて薄着で泊まったことを後悔した。ただ霧島は雄大だった。
寒造りの季節がやってきた。
日本古来からある言葉として、四季醸造ということばがある。ただこの技術は江戸時代に消滅している。年に五回、四季を通じて酒が造られていた。四季醸造の対比する言葉として、寒造り・寒仕込みがある。四季醸造の五酒は以下のとおりである。今となっては言葉じりで判断する他ないが、現代の日本酒の洗練されたものとはかけ離れている気がしてならない。
新酒 |
しんしゅ |
旧暦八月に前年に収穫した古米で造る。 |
間酒 |
あいしゅ |
初秋に造る酒。 |
寒前酒 |
かんまえさけ |
晩秋に造る酒。 |
寒酒 |
かんしゅ |
冬場に造る酒。後の世の寒造り。 |
春酒 |
はるざけ |
春先に造る酒。 |
寒造りとは、気温の低い冬場に仕込むものをいう。寒仕込みも同義語。四季醸造の対立概念として用いられる。まあそんなことはさておき、寒造り・寒仕込みという言葉を用いる場合、なんとなく日本酒が美味しい季節になったということと捉えて間違いないようだ。さて、本題の寒い時期に飲むお酒とは?について考えてみる。やはり燗なのか?しかしこの季節、火入れ知らずの生酒も増える。花冷え、雪冷えで嗜むのも悪くない。寒仕込みについては、こちらもご参照いただければ。
花鳥風月ということばがあらわすように。
花見て一杯、月見て一杯、さらには雪見酒ということばもある。日本酒を呑むとき、大自然でもいいし、里山でもかまわない。部屋の中、店の中だけじゃない風景を肴にあてたいものだ。この雄大な自然の中に生きるちっぽけな人間の些細な楽しみ。それを外の世界と対比しながら飲む先に、何かしらの計り知れないことを感じることができるのかもしれない。
燗でもいい。冷やでもいい。
日本酒がある文化に生まれたことは、誇られることだ。感謝の日々だ。また日本酒をつくりあげた先人たちにも感謝すべきことである。日本酒を日本の風景で呑むことで、過去の歴史とつながることができ、その先のまだ見ぬ世界を恐れながらも楽しむことができる。そんな「時の架け橋」となる盃に口をつける夜がまたはじまる。