揚げたてコロッケ

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とある鹿児島 天文館の居酒屋。一人の男がいた。

40歳の誕生日。四十にして惑わずである。男はこの夏、離婚をした。愛息2人と会う回数は減り、青春時代を経て、大人という階段を登り歩んだ、その根底にあった一家団欒は儚くも消えた。これから、これまでの温もりはなくなり、深夜遅く帰っても明かりの灯らない古びたアパート、夏が終わり、冷え冷えするその六畳一間の家には季節の移ろいを感じさせるに事欠かない。今宵はそんな男の誕生日である。

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不惑にして迎えるひとりぼっちの誕生日

此処は天文館。とある居酒屋。その半個室。誕生日とはつゆ知らず、寂しい食生活を送るであろう男を誘い、同僚3人で半個室。40ともなると、仕事の話が主である。男はポジティブな人間で。また人の悪口を言わない筋が通った男で。ときにふざけ合いながらも、仕事の延長線上であろう時間は淡々と過ぎてゆく。その面々が好きであろう〆鯖とカツオの腹皮がお皿から消えてゆくと共に。
 

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四十過ぎのはじめての一人暮らし

カウンターで聞き耳を立てているわけでもなく、その半個室の声が漏れ聞こえる。お酒が入り、その声は大きくなる。仕事の話は尽きてきたらしく、もっぱらその男の新生活が話題の中心に。この男が料理をつくることはないようだ。40過ぎてのはじめてのひとり暮らし。自炊に掃除洗濯。苦労話は尽きない。嫁がいない。子どもたちがいない。食事がない。たたまれた洗濯物がない。吊るされた白いワイシャツ。折り目の入ったストライプのスーツ。温かい湯船。窓ごしに漏れる明かり。あたたかい部屋の温度。そして、そこに人がいるであろうぬくもり。いつまでもあると思っていた、続くと思っていたありふれた毎日。その毎日がない。男が振り返りし過去を思い起こしてるのであろうか。男は遠くをぼんやり眺めていた。
 
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変わった日常と見えない未来

後悔はない。この日常もそんなに悪くない。未来もいつかは考えることができるであろう。変化というのは自分が変わることと、まわりが変わることと2つある。後者の変化は初めてだったのかもしれない。いつからだろう。今日という日が、また明日も訪れるそんな人生嫌だな。だから、がんばらないと。だから、努力しないと。だから、結果出さないと。ただそれだけを考えて、昨日の自分を超えられるように。まだ見ぬ自分に出会えるように。今より好きな自分で在り続けるために。それだけを考えて生きてきた40年。このひとり暮らしも乗り越えてゆくしかないのであろう。自らが望んだ変化ではない。でもこの変化を招いたことは、きっと普段の自分が招いたものなんだと。事実を受け止めるしかないんだと。
 
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大将からの揚げたてコロッケ

大将が珍しく料理を運ぶ。一皿の白いプレートを徐にその半個室へ。香ばしい油の香りがカウンターにも漂う。半個室には一瞬の静寂が訪れる。

「お誕生日おめでとう。」

そう言って、コロッケが載ったお皿がテーブルに置かれ、大将はまた調理場へ戻る。それだけを告げて。
半個室からは歓声が溢れる。男はただそのコロッケを見つめる。そして感謝の言葉を繰り返す。その喜びを感じる声は、調理場と半個室の間にあるこのカウンターを超えて大将の元へ。
 
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コロッケはあたたかい。大将の愛がある。
半個室には多分まだ続くであろう仲間がいる。
そしてこの居酒屋にはぬくもりがある。
縁あって入ったこのお店。
運あって目にしたこの光景。
おんがある。さまざまな。

ぬくもりがある。揺るぎない変わらないぬくもりが。

今宵も、いい夜だ。酒が進む。

 

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