成人式と日本文化

 

成人式とは元服などの通過儀礼を現代版に進化していったものである。女性であれば、裳着といわれる裳を着せる通過儀礼である。元服でいえば、代表的なのは烏帽子であり、幼名→元服名を新たにつける。決して着物を着ることにいわれのあるものでもない。そこは呉服業界の強い想いもある。また呉服ばなれが進むこのご時世、着物(kimono)にふれあういい機会ではなかろうか?

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豪華絢爛・百花繚乱

何かと毎年話題になる。着物(kimono)とは別なるものへと進化しているような気もするが、だが、かつては婆沙羅大名、かぶき者、伊達男という言葉が意味するように、伝統を伝承するのではなく、時代に合わせ進化させて、既成概念を打ち破り奇をてらった装いとしている歴史もある。そこまで考えれば、今の盛り上がりを難癖つけなくてもいいのではなかろうか?話はそれるが、梵語(サンスクリット語)で、vajra(バジャラ)とは、金剛石の意味である。金剛石はダイヤモンドである。またこのバジャラが「ばさら」の語源である。つまり、「ばさら」とは、ダイヤモンドのような硬さで常識を打ち破ることである。自ら考え、どんどん新しいことに挑戦していく大人になって欲しい。

二十歳を超えて、酒を飲む

せっかくの成人式である。めでたい席として、酒を酌み交わして欲しい。生まれ育った地の友人と。育ててもらった親、家族と。博多には、ハレの舞台で唄われる祝い唄がある。「祝い目出度」である。博多山笠でも唄われる歌である。せっかくなんで歌って欲しい。ただの願望だ。ま、ともあれめでたいのである。
そして酒を飲んで欲しい。酔っぱらいの犯罪であったり、飲酒運転であったり、お酒に関するマイナスイメージが先行しがちなこのご時世であるが、酒を飲む。酒を酌み交わすことで、少なからず何かしら得られるものがあるはずだ。楽しい宴に愉快な仲間と美味しいお酒。そんな日を過ごして欲しい。飲みニケーションっていう言葉は、今日という日に成人式を迎えた彼ら彼女らからすると死語になるのかもしれない。ただ、そんなくだらないと思われるイベントにも少なからず意味はあったんだと思える日が来ることを微かながら願ってみる。

これからの日本

本日祝い目出度を歌い讃える若者は、いうまでもなくこれからの日本を背負う若人たちである。この日本文化を継承するのではなく、自分たちでカスタマイズして、流行から文化にし、新たな伝統として育んで欲しい。日本という国は、ホントに豊かな国である。この国の宝はいうまでもなく、今を生きる若者であり、その若者がさらに次の若者を育てゆくことが、日本という国が豊かな国で有り続けるサスティナビリティとなるただひとつの条件である。

 

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写真は成人式とは全く関係ない。福岡市からの提供サイトから使用している。上にあるお雑煮は、かつお菜とブリが入る博多の雑煮である。